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『転生したのに、また叶わぬ恋に落ちました』SS・~姫様の恋~




 シャクヤクの花が咲き乱れる庭園に、稚い子供たちの声が響き渡る。


 プロクス王国の安寧を象徴するかのような、温かな風が吹き抜ける、春の日だった。


 何の因果か、プロクス王国の前国王であるクライブに招かれ、王宮を訪れたアレクシスは、王家の子供たちが無邪気に遊ぶ庭園に案内されていた。


 青々とした芝生には、ところどころにシロツメクサの花が咲いており、どこからともなく芳醇な花の香りが漂ってくる。


 春の温かな日差しに、王宮の至る場所で花々が咲き開き、新緑は鮮やかに芽吹きだした頃だった。


 ――幸福な、国だ。


 アレクシスがそんな感想を抱いた時、傍らに立っていたクライブが声をかけた。


「どうだ、元気だろう」


 王家の子供たち――王太子と王女が駆けっこをする様を愛おし気に見つめ、彼らの祖父・クライブは同意を求める。


 アレクシスは彼らに瞳を細め、頷いた。


 八歳の王太子と十歳の王女の姿はまさに、誉れ高きプロクス王国の威光を背景に持った、輝く姫と王子だった。自分とは無縁な世界の、高貴な子供たち。


 彼らが駆け回る様を、顔色をなくして見守っていた傍仕えのメイドが、庭園に咲き乱れていたシャクヤクの花を摘み取る。そして彼女は、宮殿内に飾れば見事な出来栄えになるだろう満開の花を、惜しげもなく王女に分け与えた。怪我をさせるよりは、花を与えて大人しくさせたほうがよいと判断したのだろう。


 王女は満面の笑みでメイドに礼を言い、素直に花遊びを始めた。楽しそうに駆け回っていた王太子を捕まえて、今度は彼を人形役にして、花まみれにしていく。


 少女じみた外見をしていた王太子には、花がよく似合っていたが、当の本人は不本意らしく、仏頂面だ。


 アレクシスはクライブに促されるまま、王太子と王女のもとへ歩み寄った。


 クライブに声をかけられ、きょとんとこちらを見上げた王女の顔は、整っているせいか、よくできた人形のような印象だった。


 漆黒の髪が太陽の光を反射し、天使の輪をつくる。


 アレクシスは彼らの前に跪き、これから家庭教師になる旨の挨拶をした。


 アレクシスが知らない、安穏とした世界の姫らしく、彼女はおおらかに、そして華やかに笑った。


「はじめまして、アレクシス。私はルナ。この子がクリスよ。とってもお花が似合うでしょう?」


 と、王女に抱きしめられつつ紹介された王太子の顔は、げんなりとしている。姉のために我慢している彼の姿に苦笑して、アレクシスは王女の膝の上に残る、シャクヤクの花に手を伸ばした。


 王女が大きな瞳を丸くして見上げるのをそのままに、アレクシスは身を寄せ、その花を彼女の耳の上に挿し込んだ。


 赤いシャクヤクの花は、漆黒の彼女の髪にとても似合っている。


 アレクシスは思ったまま、そっと言葉を吐いた。


「貴方にもお似合いですよ、ルナ姫」


「……え?」


 王女がぱちっと瞬く。アレクシスは立ち上がり、改めて王女を見下ろした。そしてなんの裏もなく、自身でも気づかぬ柔らかな笑みを浮かべ、称賛を贈った。


「――お美しくあられる」


「――」


 少女の頬がふわっと赤く染まった。


 顔に血色が上ると、人形じみた印象が一転、生気にあふれる。そして彼女は、酷く嬉しそうに笑った。――愛らしい笑顔だった。


 邪気一つない無垢な笑顔は、天使そのもの。


 風が吹いて、伸びすぎた自身の前髪が目にかかる。アレクシスは、少女の瞳が己に釘づけになっているのにも気づかず、髪をかき上げる。


 改めて見下ろした王女は、ぽかんと自分を見ているようだった。


 アレクシスは気負いなく、笑んだ。白銀の髪が光を弾いてきらめき、紺碧の瞳は海の底よりも深い、優しさを湛えた。


 王女の瞳に、不思議な輝きが芽生える。


 その瞳に宿った感情に見当もつかないまま、彼は話しかけてきたクライブに顔を向けた。


 今後について、クライブは具体的な話を始める。気遣わしく彼の言葉に微笑みを返しながら、アレクシスはすう、と息を吸った。


 ――何故だか、ずっと感じていた息苦しさが、少し楽になった気がした。


 無邪気な王女と王太子を見て、心に蓄積されていた、倦んだ感情が薄れたからだろうか。


 アレクシスは花遊びを再開した、王女と王太子を横目に見る。


 幸福になるべく生まれた、美しい姫と王子。


 彼らの傍にいられる時間は、いかほどか。


 この時のアレクシスは、王太子が十四歳になり、王女が十六歳に成長するまで――実に六年間もの長い時を、彼らと過ごすことになろうとは、夢にも思っていなかった。


 騒々しく、全てを忘れられる瞬間が無数にちりばめられた、慈しみにあふれる日々。


 ――アレクシスと彼らにとって、何よりも大切な日々が、始まろうとしていた――。

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